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横浜の「初めて」:灯台

灯台は船の航路にはなくてはならない大切なものですね。

その灯台は、イギリスの土木技師、R.H.ブラントンによって
手がけられます。

まず明治元年に洲干弁天官舎跡に灯台掛の木工場が建てられます。
これが翌年灯台局となり、全国各地の灯台建築の根拠地となるのです。

明治元年(1868年)、ブラントンは本牧灯台を建築し、
明治4年(1871年)には、新しい回転式の灯台を点灯。

これを記念して、「明治天皇行幸 広幡忠隆謹記」が建てられ、
その隣には、ひっそりと「灯台局発祥の地」の木標が並んでいます。

その後もブラントンは様々な分野で日本の文明に貢献した人として、
横浜市内数箇所に、記念碑や胸像が建てられています。

また現在横浜で最古といわれている灯台は、
明治29年(1898年)に横浜築港第一期工事に伴って
港口部に建てられた「赤・白灯台」です。

白灯台だけは、氷川丸桟橋突堤に移されています。

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